わたしの本棚 No.1

『ぼくらの鉱石ラジオ』


 著者:小林健二
 1997年9月初版 筑摩書房 定価3,300円(税込3,465円)

 小学生のころ(30年以上前のことですが)、学研の「科学」という月刊誌にラジオを作る付録がついてきたことがありました。 乾電池などの電源がなくても、銅線を長く伸ばしたアンテナと、同じく銅線の先を釘などに結びつけ地中に埋めたアース、そしてコイル、いくつかの部品とイヤホンをつなぎ合わせ、コイルの中の鉄芯を静かに動かすと、小さくラジオの音が聞こえてきました。 特に、夜になるとよく聞こえ、布団に入って鉄芯の調節に夢中になったものでした。
 「科学」本誌の解説も何度も読み、ある種の「石」が、たくさん飛び交っている電波の中から必要な電波だけを取り出すことができ、それを利用してラジオを聞くことが出来るのだということを辛うじて理解することができました。電池がいらないのも、もともと電波とは電気の流れであり、その微弱な力を利用しているからだということ、だからイヤホンでしか聞けないのだということ、そして、この付録では「石」の代わりに「ゲルマニウムダイオード」という物を使っているということなどを、曖昧に理解しました。その曖昧さが、かえって様々な想像をかきたてたようです。

『ぼくらの鉱石ラジオ』(前書きから抜粋)
  鉱石ラジオは、回路の一部に鉱物の結晶を用いた受信機です。 ・・・このラジオは20世紀初頭の流転する時代に突如現われ、日常生活に定着するよりも早く、幻であったかのようにいつのまにか忘れられていきました。 ・・・また鉱石ラジオは、原理的に電池などの電源を必要としないという不思議な特徴をもっています。 空間に満ちている電波というエネルギーを感じとって動作するのです。 ・・・この本を読むあなたがあなたなりの「不思議結晶受信機」を制作することで、「趣味の工作」の楽しさを感じてもらえればと思っています。
 子供のころに読んだ科学の雑誌に、近い将来テレパシーは電磁波の理論で理解されるといった記事がありました。コイルを巻いたりして工作にふけっていると、そんなことを時々考えます。 ・・・手探りでコイルを巻いたりしていた少年たち。 その手作りのたよりない受信機の向かいには、おそるおそるダイヤルを回しながらどこからともなく語りかけてくるエネルギーに向かって、キラキラと輝いている瞳がいつもあったような・・・。 そんな風景をふとぼくは思いうかべるのです。
 
         こころのなかの少年少女たちへ IN TUNE WITH THE INFINITE

 「鉱石ラジオ」と言うと、てっきり電気に詳しい技術者や科学者の方が書いた、ハードの解説本のようなものかと思いましたが、『ぼくらの鉱石ラジオ』は違いました。 小林健二という「アーティスト(表現者)」によって書かれているのがこの本の一番の特徴です。
 本書を例えるなら、70年代の少年少女の心をつかんだ小学館「なぜなに学習図鑑シリーズ」、もしくは学研「ジュニアチャンピオンコース」が、そのまま大人仕様のハイクオリティー版になったようなもの、と言えるでしょうか。

 内容は、鉱石ラジオの歴史を書いた『鉱石ラジオの周辺』。 著者と鉱石ラジオの出会いの『ぼくと鉱石ラジオ』。 実際に工作してみる・初級編『最初の工作』。 簡単な実作のあと、基礎的な原理解説『原理研究編その1』。 次に少し高度な実作『すこし凝った工作』。 本格的な原理追求『原理研究編その2』。 「通信」について考察する『通信するこころ1』と続き、レトロな躯体の鉱石ラジオを作るための工作指南『昔風鉱石受信機の制作』(さすがはアーティストの著書である。 「作品」を作るための工具の使い方、材料の工夫、興味深い素材の扱いと、それによる部品の自作など盛りだくさんで読むだけでも飽きない)。 そして著者作品の紹介『自作鉱石受信機の解説』、『検波に使える鉱石のいろいろ』、『工作のヒント』へと続き、巻末付録には材料の入手方法、回路図、参考文献などがまとめらています。 その間、『通信するこころ』の2、3では、少年技師、電波と戦争、4500年前の電池とおぼしき出土品などに触れ、さまざまな「心」に思いを寄せています。

 著者は「鉱石ラジオ」を主題とした一冊の本に、見事に好奇心の本質と、時代や成長に翻弄されがちなその脆弱性をまとめあげているように思います。 人間の内面を表現した彫刻のようにも思える一冊です。

 子供のころ、学研の付録や、なぜなに学習図鑑に心躍らせていた自分が、なぜ今の自分となったのか(なってしまったのか!?)、考えさせられる一冊でもあります。
 今からでも遅くは無い、ぜひご一読を!!