夏の日 〜2008年11月〜 湯本香樹美著「春のオルガン」を読んで

 「薄暗い道路にくっきりと浮かびあがった白線の上を、テツは平均台を渡るように歩いている。」(湯本香樹美著「春のオルガン」より)
 この描写はどういう光景なんだろうと、読んでいた本から目を離してちょっと考えた。どこかで見たような気もして。文中の「テツ」は小学校の四年生で、それを見ているのは今度中学生になるという姉だった。


 高校生だった夏の日、多分土曜日。昼過ぎの一番暑い時間帯、汽車を降りた僕は何故か裸足になって家まで歩いて帰ろうと思い、黒い革靴を脱ぎ、靴下も脱いで、右手には学生鞄、左手に脱いだ革靴を持ってぺたぺたと歩き出した。靴の中には脱いだ靴下が丸めて押し込まれている。
 少し歩いてみると夏の太陽の陽を受けたアスファルトの熱が素足に心地よい。
 人家の前では「靴、どうしたの。サンダル貸しましょうか」と、親切そうなおばさんに声をかけられた。「違います。わざと裸足で歩いているんです」「そう、鍛えているのね。剣道とか空手なのね」「いえ、そういうわけではないですけど」と、もごもごする。その親切に礼を言って勢いでどんどん歩く。
 やがて人家も途絶え川沿いの国道の端をぺたぺた歩く。川の向こうに見える山の緑は濃く力強い。アスファルトの熱で足が痛くなってきた。そこで道路に敷かれた白い車線の上を歩いてみると、かなり温度差があるようで足への刺激も少ない。


 「なるほど」。黒は熱を吸収し白は熱を反射するという、多分小学生くらいで習うような理科の知識に実験的考察を加えたような気になって、少しうれしくなった。それで元気になりてくてくぺたぺたと、結局家までを裸足で歩き通したように思う。(普段ならばバスに乗るような距離である)
 しかし、家にたどり着いて縁側に座り込むと急に足の痛みが湧き上がってくる。現実に気がついたと言うか、何らかの作用で効いていた麻酔が切れたと言うか。急いでバケツに水を汲んで足を浸す。心地よいと思ったのも一瞬、すぐにひりひりと激しく痛み出した。あわてて足の裏を見ると、全面水ぶくれになっていた。「全面」である。
 その実験の結果は、しばらく通常の歩行にも困難を与え、深く後悔もした。


 「・・・白線の上を、テツは平均台を渡るように歩いている。」
 僕は二十数年前の夏の日を思い出し、そして気がついた。その時の自身の姿を、初めて客観的に思い浮かべたことに。それも二十数年を経て、「テツ」という「小学生」の描写を通して。
「右手に黒の革鞄、左手に黒の革靴(中には靴下が丸めて押し込まれている)、そうして道路に敷かれた白線の上を裸足でぺたぺたと歩いている。平均台を渡るように。

 僕は少し頭が足らなかったのかもしれない。そんなことに初めて気がついた今もまた、やはり足らないものばかりなのだろう。